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♪ 阪神なんば線開通 [C型肝炎・肝臓癌]

神戸の三宮から奈良までが1本の電車でつながる。
ちょっと夢のような話が今日現実になりました。

この話が決定したとき、母は、
「2009年春か・・・生きてないわ」と言いました。
肝炎でしたから、その可能性はありましたが、
いつも元気で、丸々と太ってる母がそんなことを口にすることは、
家族としては、かなりきつい言葉でした。

母はわかってたのでしょうね。自分の寿命を。
奇しくも、明日、母の誕生日
いろんな事が頭をよぎります。

生きていたら、奈良へ遊びに行けたのにね。
ドームにも1本で行けたのにね。


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♪ 母が引き合わせた出会い [C型肝炎・肝臓癌]

今日のブログの記事は長くなります。

母の生前は、母の病気のことを書いておりました。
癌になった時には、母の友人が心配するので、あまり詳しくは書けなかったのですが・・・

母の病気は【C型肝炎】から進行した肝細胞癌でした。
感染ルートは定かではありません。
今、さかんに裁判されている【薬害】ではないと思われます。
昔々の予防注射時の針の使いまわしなのか・・・
母自身も分からないと言っておりました。

感染が分かったのは、私が社会人になってすぐだったので、
たしか、平成3~4年ごろ。
ある手術を受け、その際の血液検査で発覚しました。

そのころは、今のように情報がなく、
「肝炎 → 肝硬変 → 肝臓がん」という、大まかなC型肝炎の病状の流れを知り、
落ち込み、ふさぎこみ精神的にも支えられないほどでした。

それから、母とともに勉強の毎日。
エコーでの肝臓癌検査を3か月に一度受けるようになり、
平成14年・・・その当時の担当医が何となく言った「一度、CTで検査もしていみたら?」
という、言葉にうながされ、近くの小規模病院でCT検査を受けました。

結果。「癌かどうかわからないが、影がある」とのこと。

この検査から帰って来た時、たまたま仕事が休みだった私に、
打ちのめされたように泣きつき、「もう死ぬんだ・・・」と言った母の涙はわすれもしません。

癌かどうかわからない・・・影。
こんな死刑宣告のような検査を何度受けないとならないのか・・・
それだけでたまりませんでした。
癌になった方でないと、こんな気持ちは理解できないでしょうね。

その影の正体を突き止めるために、【兵庫医科大学病院】へ、
3日間の検査入院をすることになりました。
インフォームドコンセントもその際に行われましたが、
私は、癌とは思いもしないので(認めたくなかったのだと思います)その時の記憶があまりないのです。

入院して2日目。血管造影の検査のために、手術室へ向かった母を見送り、
病室で待っていた私のところへ、師長さんがあわてた様子でやってきました。
「主治医が御家族へ話がある」とのこと。
嫌な思いがめぐり、手術室へ・・・
「癌が見つかったので、本人は同意してらっしゃるけれど、御家族の了解を得たいのです。肝動脈塞栓術をしますね」
ということでした。

それが最初の手術(治療)。

右足の付け根のところからカテーテルを入れ、肝臓へ管を伸ばし、
癌細胞につながる血管を埋め、抗がん剤を投与して、血管をすべてふさぐ方法で、
癌細胞を抗がん剤で氷嚢漬けするような形になるのです。

たしか、癌自体は3ミリ以下程度のものだったと思います。

術後、数時間は止血のために動けなくなりますが、翌日からは普通に食事もとることができましたし、
2~3日、抗がん剤の影響で高熱にもなりましたが、2週間弱で退院。
退院も「平井堅が1万人の第九コンサート」に来るからといって、
その前日に無理やり病院をあとにした感じでした。

とにかく「癌」でしたが、元気でした。

再発したのは2年後の2004年。
このときも、軽く2週間弱で退院。
前回の場所とは違うところに出来ていました。

その次がまた2年後の2006年。

普通の肝臓癌とはちがい、C型肝炎ウィルスの肝臓がんは、
畑(肝臓)に、ウィルスがいるため、癌の種がいっぱいあるようなもの。
治療したとしても、また、芽がでてくるのです。

2006年は、3度入院しました。
春の入院では、肝臓全体に、ゴマ塩状態に癌が転々とあり、
かなりシビアな状態だったのですが、大量の抗がん剤を投与し奇麗に消えてくれました。

それでも、怖いのがC型肝炎です。

やっぱり、すぐにまた芽がでてきて・・・叩いて、叩いて、モグラたたきのように、
出てきたら、叩く・・・
長く付き合えるといえば、そうですが、
母の場合、結局、最後は頭の中の骨にまで転移してしまいました。

主治医の話を聞くと、転移するまで治療が進歩したのだそうです。
それまでは、肝臓癌ができて亡くなるケースがほとんどで、転移するまで生きれない状態だったそうです。

昨年の今頃・・・まだ病床でしたが、まだ元気でした。
まさか、なくなるなんて思わなかったのですが、
出来てほしくない場所にできてしまっていたので、良い状態でないのは分かっていました。

最後の頼みの綱の治療を始めたのです。

ブログで、そんなことも書いたはずです。
そんな記事を読んで、ある一人の方からメールをいただきました。

北海道で、肝臓癌の治療をされている、医師・川西輝明先生。
現在は、肝がん検診団 団長、C型肝炎問題を考える会 代表代行、
札幌緑愛病院 肝臓センター所長をされてらっしゃいます。

川西先生のメールはどれほど、助けれたかわかりません。
もっと川西先生に飛び込んで治療方法などを伺えばよかったと、今更ながら後悔しています。

母が亡くなった後でも、私なりにC型肝炎遺族者としてできることがあると、背中を押してくださってます。
先日の【薬害肝炎訴訟の大阪弁護団の先生】と出会えたことについても、
喜んでいただけました。

その川西先生が、【日本肝癌研究会】の学会で来阪されると伺い、
私と同様に川西先生にお世話になった、後輩のMちゃんと一緒にお食事することに・・・

事務所ちかくのフグ屋で鍋をつつき、いろんなお話を伺いました。
また、詳しくお話することがあると思いますが、頭の下がる活動をされてます。

今、できること・・・
私は、なんだろうか・・・と、また考えさせられてます。

とりとめなく、思いつくまま書いてしまいましたが、
また、頭を整理して、書き続けていこうと思います。

みなさんにとって、【C型肝炎】は他人の話・・・かもしれません。
でも、意外に身近の方が苦しんでいたり、知識のないところで差別があったりするのも事実です。
辛いインターフェロン治療で治る確率もフィフティーフィフティーです。
もっと知って欲しい・・・それだけです。

こんなニュースを見つけました。ありえないことです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080522-00000145-san-soci
そんなこともあります。
健康診断の際には、肝炎検査をしてみてください。

今回から、新しいカテゴリー「C型肝炎・肝臓癌」というのを作りました。
伝える仕事をやっていければと思います。
ちょっとした頭の片隅にでも置いてもらえるとうれしいのですが。。。

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♪ 何かのきっかけになるか・・・ [C型肝炎・肝臓癌]

気がつけば・・・777の記事。
ずいぶん長くお休みをいただいたけれど、たまりましたねぇ。
新聞記者時代は、毎日書いて書いて、書きまくりましたが・・・
その職を離れると、書くのは好きなのだけれど、時間がなくって困ります。

支えてくださった、皆さまに感謝。

             DSC09094 (2).JPG

今日は、昔の仲間の飲み会でした。(前々々職かな??)
大阪府下の市民会館で、平たく言うとイベンターみたいなことを10年ほどやってた頃の仲間です。

公演を買う、作る立場から、今は公演を売る立場に変わると、悩みも違いますね。
立場を離れたから、分かることが多くあります。
逆の立場で仕事をご一緒した人もあるけれど、
「なんだかなぁ・・・」と、思うこと多々です。
東京で仕事をして、また、分かったことも・・・アドバイスなんぞもあるんだけれど・・・
ま、差し出がましいので、ちびちびワインなんぞ飲んでました。
昔なら、いろいろ話したんだろうけどなぁ。

大阪は橋下府知事が来て、いろんな団体が署名運動もされてますが・・・
ま、この話は、また後日することにしましょう。

さて今日の収穫は、飲み会の場所で、
【薬害肝炎訴訟】の大阪弁護団の先生とお会いできたこと。

母はC型肝炎から肝臓癌になって亡くなりました。
ですのでC型肝炎の方の体の不調や、お気持ち、治療費、医療・職場差別など、
普通の方よりは、知っているつもりです。

母も生前、亡くなったら、C型肝炎患者のために・・・と、献体を希望していたくらいですから、
残された遺族として、私も何か役に立てれば、と常々思っておりました。

このブログを通して、北海道の肝炎を専門にされているお医者様との交流ができました。
ですが、ずっと私自身が行動を起こせずに今にいたってます。

この弁護士先生との出会いで、何か、スタートできればと思ってます。

こんな私に何ができるのか?とも思いますが、
「きっかけ」は大切にしていきたいと思います。


タグ:薬害肝炎 C型肝炎 肝臓癌 
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♪退院 [C型肝炎・肝臓癌]

退院しました。
いろいろと、ご心配くださったり、励ましてくださったり、ありがとうございます。
この病気(肝炎&肝臓がん)とは、長い付き合いになりそうですが、
闘病記録にもなると思いますし、何かのお役に立てる日がくるかもしれません。
これからも、いろんな場面に遭遇するかと思いますが、
ここで綴っていこうとおもってます。

とにかく、皆様に感謝です。ありがとうございます。

いつもなら、もっと早く出れるのですが17日の入院でした。
開腹手術じゃないだけに、やっぱり早いのですが、
退院してからが結構大変で、気を使います。

近くにお医者さんがいない分、何かあったときに、
対応することができなかったり、食事を規則正しくたべさせて、
薬(治療のものではなく、肝臓の免疫をあげるもの)を飲ませないとなりません。
だから、手抜きはできないのです・・・とほほ。

しんどいというのに、どうしても片付けるといって聞きません。
お正月に、お嫁ちゃんが挨拶にくるからというのもあるのでしょう。

そんなん、どうでもいいやん!と言っても、そこは厳しい家に育った母。
許されるわけもなく、片付けておりました。

が・・・あえなく撃沈。

20時ごろには、疲れ果てスープのみ口にして、臥せってしまいました。
・・・病人への気遣いで、私の胃の神経は、パンパンです。触ると痛い。

明日は、一時、東京へ戻ります。
部屋の掃除もあるし、戸締りもあるし~~~。
何より、仕事がたまってる。

効率よく、片付けて、乗り切ります。


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♪12月15日。手術から2日 [C型肝炎・肝臓癌]

手術の話です。

結論から言うと、2月ほどの数(肝臓にごま塩ふったようなだったのです)ではないが、
5ミリ以下という小さいものだけど数が多かったので、
肝臓全体に薬を入れた・・・とのこと。

2月の時のは、今になっては癌だったか肝炎からくる良性の腫瘍だったか分からないのです。
あのときは癌だということで治療しました。

癌を治療すると、抗ガン剤で癌が壊死するので、
後でCTなどを撮ると、白く浮き上がるのですが・・・2月の治療の後、CTをとったら、
癌もなく、白い治療痕もなかったのです。

他の先生に言わせると、あまりにも小さすぎると、
そのような場合もあるとか・・・身体の不思議ですけれどね。

肝臓に投与した薬の事を聞いたのですが、
抗ガン剤は肝臓に入ってる物質の割合からゆうと微量だそうです。
メインは「ヤシ油」なんですって。
なに?!ヤシ油!?

そのヤシ油が、抗ガン剤などの薬の周りにオブラートみたいになってるらしい。
そして、そのヤシ油ってのが優秀で、ガン細胞へつながる血管の入り口に集まってくれるらしい。

恐るべきヤシ油。

母の肝臓は、今、ヤシ油に包まれた抗ガン剤でいっぱいになっていて、
肝臓の入り口の動脈は、ゼラチンで蓋されてますの。
(2週間ほどで、ゼラチンは体内に吸収され、血液が流れていくことになるそうです)

・・・この手術方法は、もう30年も行われてるらしいです。
でもこの10年で、器具が画期的に開発されて、
今や日本、韓国がトップクラスの技術をもってるそうな。
技術を今、C型肝炎が恐ろしく発症しているアメリカに輸出してるそうです。

記事・・・とりとめないな。

聞いたことをメモ書きのようにかいてます。すみません。

明日(15日~)から18日まで、
東京に仕事で戻らねばなりません。
おいておくのはちょっと後ろ髪ひかれますが、
私が仕事を休んでるのを、母親は申し訳ない・・・というので、とにかく、一度帰ります。

昨日の夜は、冗談もいえたのに、
今朝また病院にいくと、起きあがれないくらいの状態でした。
熱がでるのは、癌が死んでるということなので、
熱に関してはあまり気にはしていないのですが、
肝臓の痛みは、苦しそうでたまりません。

今日の時間のリミットは、14:30でした。
10時からの点滴がなかなか終わらず、結局昼食の肉うどんも、
口にするのが気持ちわるいと、バナナと私のもっていった小さなアイスだけ。

熱で汗をかいているというので、のこりの15分でなんとか終わった点滴をはずし、身体をふいてあげました。
これで、またよく眠れるといってましたが・・・
その後の母の様子は、家族の誰からも連絡がなく、
いったい、どうなってるか分かりません。

・・・心配。

明日、明後日は文京シビックホールでバレエ「胡桃割り人形」です。
月曜は横浜の入国管理局。夕刻にまた大阪に戻ります。

私の体は、また蕁麻疹くんです。いい薬ないのかな・・・


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♪手術 [C型肝炎・肝臓癌]

2時間ほどの手術・・・と、インフォームドコンセントで言われた通り、
13:50に病室を出て、母がもどってきたのが16:18。
無事、治療手術が終わりました。
抗ガン剤の副作用もあって、腹痛と頭痛、吐き気を伴い、
いつもの事ながら、そばにいるのも辛くなります。

治療が終わったのですから、後は、母の肝臓の頑張り次第です。
とにかく、栄養つけてがんばってもらわないと。

いつも、いつも、たくさんの励ましのメール、コメントありがとうございます。
感謝、感謝。本当に感謝です。


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♪インフォームドコンセント [C型肝炎・肝臓癌]

今日は、19時からインフォームドコンセント[ informed-consent(説明と同意)]でした。
2度ほど書きましたね。【こことか(2月)】【ここで(7月)】

        

母の癌治療は2002年に1度、
2004年に1度、今年はこれで3度目、合計5回になります。
私は2002年の最初からインフォームドコンセントを母と受けてきたので、 5回目。
父と弟は2回目です。
慣れの差か、病気の認識の差か?
母と私と 父と弟の受けるインフォームドコンセントの対応が確実に違います。
私と母は、聞きたい事はすべて聞かないとならない!という気持ちですが、
うちの男2人は全くなんのこっちゃ?!といった感じ。

しっかり聞いてくれよ!と思ったところで仕方ないのですが。

主治医の一人M先生は、もう、変わった事を言えない・・・と、前置きをされてました。
(いいのか悪いのか・・・)

今回私が懸念してるのは、
10月のCTで、癌の影も形もない肝臓映像をもって、 今回の治療に臨むこと。
血液検査で、肝臓癌の腫瘍マーカー(PIVKA-Ⅱ)が、
上昇してることは再発の「疑い」が濃厚なのは十分承知ですが。

ともかく、聞きたい事を聞きました。

◎ふたを開けたら、またしても2月のように、たくさんできていた・・・ ということはないのか?
(ふたを開けてみないと分からない)

◎この血液検査、肝臓癌のマーカー(PIVKA-Ⅱ)の上昇だけで癌再発と認識すべきなのか?
(基本的には、PIVKA-Ⅱの急激な上昇は肝臓癌または肝硬変と見なす。他の血液検査の結果、肝硬変の入り口のような現状況では、癌の再発とみるのが正当)

◎肝臓癌は、転移しにくいと言うが、全くないということは無いのか?
(全くないとは言えない。肝臓から転移するとすれば脳と肺)

◎肝臓癌のマーカー(PIVKA-Ⅱ)は、転移したときにも上昇することはないのか?
(肝臓癌が根っこで転移の場合、PIVKA-Ⅱの上昇もあり得る)

◎目視で影も形もないCT写真をみて、怪しげなところは全くないのか?
(一部これかな?というところも有るが、血管造影をしてみないといいきれない)

最終的には母親のネックである肝炎の治療の方法まで。

母の手術は開腹手術ではありません。
ダメージの少ない、TAE(肝動脈塞栓術)です。
木曜日のCX系(フジテレビ系)の朝の「とくダネ!」で、肝臓癌を取り上げられます。
たぶん・・・そこでも、このTAE(肝動脈塞栓術)が紹介されるのではないでしょうか?
お時間あれば、是非、見てください。

今回のインフォームドコンセントで、聞いた話ですが、
この方法[TAE(肝動脈塞栓術)]は、もともとアメリカかどこかの外国で開発された方法で、
もう30年ほど前からあるそうです。
この方法については、以前にもかきましたが、
とってもしっかりとTAEについて書かれてるHPを発見しました。
興味のあるかたは、こちらで読んでみてください。
【ここをクリック】

その方法は日本の正確な技術で猛烈に国内で発達し、
欧米では、そこまで発達せず一時ストップされていたそうです。

その第一人者が母の主治医の一人「N教授」だそうです。
独自の検査方法で、事前にクランケの肝臓の強度を調べ、
症状にあわせて、的確な治療をされるのだそうです。
「N教授」と「M先生」の二人が執刀してくださるので、いつも鬼に金棒なんです。

ここH医大の先生も、看護士さんのレベルも高いのです。 (食事もおいしいし)
看護士さんは、みな美人だし器量もいい。
先生方にしても、こんなに親身になって患者の一人一人を看ていたら、
さぞかしお疲れになるだろうな・・・と、こっちが心配するくらいです。

本当に頭が下がる。

結局なんやかんや気をもんでも、 全信頼をよせ、先生方に託すしかないのですが・・・
明日、14時頃、手術開始です。 皆さんの祈りのお力、貸して下さい。


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♪セカンド・オピニオン [C型肝炎・肝臓癌]

みなさんのところ、読み逃げしてます。すみませぬ。
時間がないっす。仕事山積。
移動の連続。
というわけで・・・別ブログというか、別のところで書いた日記です。

母の病気は「肝臓癌」です。
最初に手術したのは、2002年11月。
私が、ドタバタのおお揉めで前々職を辞めて4ヶ月後。

かなり悔やみました。
私のせいではないとはいえ、親に心配をかけてしまったのは事実。
その次は、2004年3月。
その年の9月に私は、母をおいて東京に出ました。
今のBOSSが呼んでくれたのもひとつのきっかけでしたが、
もっと、重大なキモチのきっかけもありました。
そのキモチのきっかけは、もう泡となりましたけど。

そして、3度目。
今年の2月。
余命3ヶ月とも言われ、毎日、命が繋がるように祈ってました。それしかできませんでした。

4度目。敵もさすがです。7月に5ミリ程度の癌をやっつけました。

それから3ヶ月。順調でした。
いや、順調です。が・・・
また、血液検査でPIVUKAⅡが上がってきてるとのこと。
いわゆる癌マーカー。

今、お世話になってる漢方の先生は、
ビタミンKが不足してる時にもこのようになるし、他の値がいい方向だから、
大丈夫。といってるのだそう・・・

主治医でもあり、癌の手術をする放射線科のN教授は、
造影CTの具合もいいので、
マーカーは上昇してるものの、大丈夫だろうといってるのだそう。

肝炎の治療のための内科医の教授は、このマーカーは、
癌がまた出てきたのだろうという判断。

放射線科と内科は、同じ大学病院。
この同じ病院内で意見が食い違うのは、とても患者にとっては不安になります。
科が違うことで、セカンドオピニオンにもなるのですが、
これじゃぁ、どうしろって言うんだい!って感じ。

先ほど気になって電話すると、泣き出してしまう母。

今、弟の結婚の事で、トラぶってますのよ。
厳密にいうと、トラぶってました。
今日、解決しましたと、お嫁ちゃんから連絡が。

ホント結婚する2人には申し訳ないけど、つまらないトラブル。
それも1ヶ月続いていたので、母の心労もあったのでしょう。
そんなことで?!と、思われるかもしれませんが、
一度、癌が巣くった肝臓は、意外にもろいもので、
とたんに出てきやがります。
全く。

さて。どうなることか。
もう、わたしゃ、身にふりかかることばかりで、
自分のこともままならずです。

月曜には、最終の神戸行きで実家に戻り、
火曜にフェスティバルホールで公演。
水曜は、大阪シンフォニーホールへ母を連れてヴァイオリンを聴きにいこうと思います。


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♪ インフォームド・コンセント [C型肝炎・肝臓癌]

今日から実家です。お昼の飛行機で移動・・・

8時に宅急便がきました。
東京から実家に帰る前に、
体調も悪いので朝から内科に行こうと思ってたからいいけど・・・
8時にくるって・・・早すぎるんでないかい!?

ま・・・いいや・・・なにかしらん!?と、思って差出人をみると、
弟のお嫁さんのお母様から、3日はやい誕生日プレゼントでした。

        

ピンクセリーヌの傘でした。ありがと~ございます~~~。
東京に居る日でよかったですわ。
受け取らずに実家に帰っていたら、失礼なことでした。

感謝!

今日は、誰かガイコクのヨウジンでも来たのかしらん?
羽田行くまでに警察官いっぱい、その上、大渋滞
っち。。。まったくもう。15分前滑り込みセーフだったわよ~。
と、思ったら、飛行機が到着遅れで、これまた、遅延。ついてません~。

そんなこんなで、実家に戻り、車で母の待つ病院へ。

17時から、手術のインフォームドコンセント。
※informed-consent(説明と同意)のこと。
患者が自分の病気と医療行為について、
知りたいことを“知る権利”があり、治療方法を自分で決める“決定する権利”を持つことをいう。
個人主義の意識が高いアメリカで生まれ、
80年代半ばから日本でも必要性が認識されてきている。 (医療辞典より)

勝手知ったる・・・ですが、CTの写真を見ながら、患部の症状やいろんなことを聞きました。

今回の疑わしい「ヤツら」の場所は、
2004年(2度目)に手術治療した場所(円形)に沿うように、三日月型にできてました。
主治医曰く、かろうじて、抗がん剤から生き延びた細胞が、
あらゆる手段で、細胞分裂し血管から栄養もらって、少しずつ大きくなってきたような感じ。
だそうです。

なので、2月の再発、というより、2年前の成長・・・そんな感じのようです。
しかし、しぶとい。

今回の治療(手術)方法も、「肝動脈塞栓術(かんどうみゃくそくせんじゅつ)」
くわしくは、こちらで・・・
http://www.jsivr.jp/people/tae/tae_Q.html

肝臓癌には、「ラジオ波凝固療法」という方法もあるのですが、デメリットもあるらしく、
そのあたりのことを詳しく聞きました。
医療は、日進月歩ですね。ほんと。
10年前だと考えられない、治療法法がたくさんありますもの。
もう10年、母が長生きしてくれたら、肝炎の治療薬もできるような気がします。

主治医のM先生に、そのあたりのことを聞いてみましたが、
10年たったら、可能性はあるね!
10年前と、今のインターフェロンだったら、まったく効能もちがうしね。
ということでした。

この主治医M先生。私より、1つだけお兄さんなのですが、
放射線科の医師です。
この「肝動脈塞栓術」は、放射線で造影しながら、抗がん剤を投与していきます。

母が、M先生でどれくらいの回数の治療をしてるのですか?と、聞きました。
「肝動脈塞栓術」だけなら、年間100例くらい。それを10年・・・だとか。
うちの母親のように、何回もする人もいらっしゃるので、1000人というわけではないそうですが、
すごいことだと思います。

それより、私が気になったことも、この際ぶつけてみました。
放射能・・・大丈夫なんですか!?と。

ちゃんと、ゲージがあって、年間の量が決まってるそうです。
放射線は、基本的にまっすぐにしか通らないらしいのですが、
患者に反射したものが、微量ながら、体にあたるそうです。
防護服の腹部には、鉄板(だったと思う)をいれて、身を守ってるそうです。
一番怖いのは、目・・・だとか。
でもね、僕らは、予防するのも仕事の一部だからね。って。
大変な仕事です。ほんと。

それより・・・と、思い出したように・・・M先生。
明日「平井堅」のCD持ってこないとダメだよって。
え?と、聞き返すと、どうやらオペ室でかけてくれるそうです。(んな、あほな!)
母とM先生は、その話で大盛り上がり・・・なんだかなぁ・・・

僕、せっかく、日曜に髪の毛切って、すっきりしてきたのに、
平井堅には、負けますわ~!だって。
相変わらず、この先生、人を安心させるのが、お上手。

明日・・・どうぞ、よろしくお願いします。

オペは14時過ぎからです。
前回とは違い、「ヤツ」は1つだけでありますように。


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♪ 今年2度目の入院 [C型肝炎・肝臓癌]

朝一番で、母が入院したそうだ・・・。
無理いったのが、受け入れられて、急遽あいた4人部屋に滑り込めたそう。
月曜だから、教授回診があったみたい。
うふふ。「白い巨塔」並みのものらしいです。

さて、私はというと、明日からまた、家事と看病と、母の仕事になるので、
メンテナンス。
8回目の腰の牽引と、2回目のマッサージ
今日は、とっても楽になりました。効果あるみたい。
首の骨をひとつづつ、元にもどすような感じで・・・
たま~に、固い身体をねじられ、痛みというか、つらさもあるながら、
首は別人のようになりました。これで、320円とは・・・。

ちゃんと通院して、治すようにと、マッサージしてくださった先生がおっしゃいましたが、
当分・・・いけましぇん~~~。 (><)ノ 残念~

明日は、またJALのトリプルセブンで移動です。
(また、たまごっちだったりして・・・)
がんばりますっ!

あ!ラムね~さん!
昨日の飛行機・・・間違いなく777でしたよ~。
ポケットの安全のしおりも777と・・・
ただ昔のJAS機のような。テレビ付でしたわ~~。


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